自分にこんな一面があったなんて、知らなかった。 それは…アイツに、教えてもらったこと。call my name
今日は弁当を作るのを忘れた。 食べに行く気力もない。 しかし…エントランスに行ったのは失敗だと思った。 「あー!かっなやーん!」 「あ〜うるさい。なんだよ、火原」 まだ売店のパンが残っているかと覗き込む俺とは正反対に 両手一杯にパンを抱えて笑いかける火原。 「おい。お前さんそんなに食べるのか?」 「え?ああ、これくらいは食べられるよ。朝飯前だよ」 「いや、今昼メシだから…」 俺が火原につっこみを入れきる前に新たな声が響く。 「あっ!かなやん発見!この前没収したテープ!返してよっ!」 「…あのな、天羽。『没収』の意味わかるか?没収したのに返してどうする」 「むむむむ〜!で、でも!あれは私のなんだよ?横暴だよ!」 「入ってるのは俺の声。プライバシーの侵害だ」 「なにさ、金やんのけちー!」 「ケチで結構」 「あははは。先生に口で勝てる人なんていないって、菜美」 天羽の後ろにいた日野が笑いながら彼女の肩を優しくたたき慰める。 助かった…と思った矢先。 「でも香穂子!アナタだって楽しみにしてたじゃん」 「それは…まぁ、そうだけど」 その言葉にちらりと俺を見る、日野。 お前さん、裏切る気か…? 「なんだよ、日野。お前まで俺に文句かぁ」 「そんなに色んな人に文句言われてるんですか、先生は」 「あ、香穂ちゃん、天羽ちゃんこんにちは!」 「こんにちは和樹先輩」 「こんにちは、火原さん…ってすっごい量。これ、全部食べるんですか…?」 「うん。そのつもり。二人も売店?」 「ううん、私たちはもう食べたの」 「え、嘘、はや!」 「だって授業早く終わったんですもん。ね、香穂子」 「ね〜」 「あー俺も早く授業終わらせときゃよかったよ」 「何、先生ご飯ないんですか」 「コイツと話してたらなくなっちまったよ」 そう。 売店前で火原や天羽と話をしていたら。 売店のおばちゃんが立て札を一枚立てたのだ。 その文字はヒトコト…『売り切れ』の文字。 「うわーごめんね、金やん!これ、カンパ!」 慌てた火原が俺にメロンパンを手渡す。 うん、いいやつなんだよな。コイツは。 「おお〜サンキュ。いいのか、もらって」 「おれのせいだし。本当ごめん、金やん!」 「おっ、やっさしい。火原さん!」 「あははは。和樹先輩優しい!よかったですね、先生!」 くすくすと俺と火原の様子を見て笑う日野と天羽。 …なんか、ひっかかる。 「おい。日野。今時間あるか」 まだくすくすと笑い続けている日野に声をかける。 「え?ええ。ご飯食べ終わったから今は暇ですけど」 「お前が前に見たいって言ってた楽譜。届いたが取りに来るか?」 「え!嘘!早い!!見たい、見たいですっ」 「んじゃ取りに来い。俺また取ってこっちくるのめんどいから」 「もー。じゃあ私行って来るわ。ごめん、菜美」 「あはは。気にしないで行っておいで」 「和樹先輩も」 「気にしないでいいよ。どんな楽譜なのかな。トランペットでもいける曲かな」 「じゃあ今度持って行きます!合奏しましょう」 「うん、楽しみにしてる!」 「おーい。先行ってるぞ」 いつまでも話し続ける日野たちに痺れをきらし声をかける。 「あ、もう。待ってくださいよー!じゃあ、菜美、和樹先輩!放課後に!」 「行ってらっしゃい」 「じゃあね」 「もう。金澤先生。足はやいですよ」 「お前さんがいつまでも喋っているからだよ」 「そうかなぁ」 「そんなもの」 「あ、そうだ。先生手、出して」 「ああ?手?なんだよ」 「いいから」 しぶしぶ出した俺の手にばらばらと置かれる 色とりどりのキャンディ。 「昼ご飯にありつけなかった先生への心ながらのおすそ分け」 「飴かよ…」 「何よ。文句あるんですか」 「ないない。アリガトウゴザイマス」 「心、こもってないのバレバレだよ」 話しながら音楽準備室に入る。 「えー…とどこにやったかな」 「え。いきなり楽譜のこと言うからもうすでに準備できてるのかと思った」 「仕方ないだろう」 「仕方ない…?」 ああ。仕方ないだろう。 だって、面白くなかったのだから。 自分と日野は恋人同士だ。 けれど、生徒と教師という立場上公にはしていないが。 …というか。 『恋人』という立場も危うい。 以前コイツに告白されたことはあるが、自分からは一切何も言ってない。 口には出さずに音で伝えてもらったこともある。 しかし…それだけで。 火原のことを『和樹先輩』、 天羽のことを『菜美』と親しみを込めて そう呼ぶ彼女を面白くないと、 彼女のことを『香穂子』や『香穂ちゃん』と 呼べるやつを羨ましいと思うなんて。 みんなが俺のことを愛称で呼ぶ中、 彼女だけは『金澤先生』の呼び名から変わらないなんて。 それを、聞きたくない一心でここに呼び出したとお前さんは知ったら。 …お前さんは、そんな餓鬼みたいな俺を軽蔑するのだろうか…。 「金澤先生…?」 日野の声にはっとする。 「どうしました?心ここにあらずって感じだったけど」 「そうか…?すまんな。楽譜、ちょっと探しておくわ」 探すのを諦め(っていうか楽譜が届いたってのも嘘だし) がたりと音を立て椅子に座りタバコを手にする。 そんな俺の様子に両手を腰にあて少し怒った顔で軽く睨む、日野。 「もうー。楽しみにしてるんだから。お願いしますね。 それに準備室では禁煙ですよ、金澤先生」 「お前さんは『金澤先生』なんだな」 「は?」 ぽろりと自然に出てきた疑問。 そしてそんなことを言う自分に慌てる。 いい年した大人がこんな子供じみたことを言うなんてはずかしすぎる。 「いや、その、…なんだ」 慌てる俺に最初キョトンとしていた彼女が勢いよく吹きだす。 「あははは。だって意味ないもん」 「…意味?」 「先生は私にも金やんって言って欲しいの?」 「え?ああ…?いや…」 「私はイヤ。いくら仲がよくっても。…先生のこと、好きでも。 みんなと一緒なのは、イヤ」 「我侭なんだな、お前さん」 「今頃気付いたんですか?先生。知ってるでしょう、私の性格」 「ああ…知ってる」 「だから、自分だけの呼び名があれば、それでいいんです」 日野はそっと俺の近くに寄り耳元で囁いた。 「ね?紘人さん」 「〜〜〜〜っ!」 言葉にならず、いい年して赤くなる俺を見て微笑む彼女。 「じゃあ先生、放課後までに楽譜お願いしますね」 そう一言残し彼女は去って行った。 「…やられた」 子供、こどもだと思っていた彼女が実は意外と大人で。 逆に自分の方がよっぽど子供だ。 「次は…こっちの番だ。覚悟しとけよ…香穂子」 まぁ、まずは… 届いていない楽譜の言い訳から考えつつ腹を膨らませるか。 そう思い今日の昼メシ、メロンパンとアメ玉に手を伸ばした。 ------------------------ クリア記念金やん×香穂子SS。 大人だって恋をすると可愛いんです。 可愛い我侭はお互い、望んでいるもんです。 久しぶりにSS書いたら、楽しかったけど非常に難産デシタ…。 BACK