チョコレート・スフレ
「…?おい、お前さん、何読んでるんだ?」 「ッ!きゃあああ!…って、か、金澤先生?早かったですね…」 セレクションが終わって。 金澤と香穂子は想いが通じ今現在は『恋人同士』の仲である。 しかしそこは『先生』と『生徒』。 一応香穂子が卒業するまでは内緒のお付き合いを続けている。 今日だって金澤と少しでも一緒にいたくて。 ヴァイオリンの練習をすると言って練習室に香穂子はこもっていたのだ。 金澤は仕事が終わったので見回りと称して香穂子に会いにいったら… 当の香穂子は練習などまったくしておらず、 一心不乱という言葉が似合うように本と必死ににらめっこしていた。 しかし声をかけた途端過剰なまでに反応し、真剣に読んでいた本を隠す香穂子。 何かあるなと踏んだ金澤はかまをかけてみることにした。 「あ。ゴキブリ」 「え!?うそ、やだ、ど、どこどこどこッ!!」 香穂子の嫌いなものリストベスト3の中に入っているひとつを口にする金澤。 案の定香穂子は顔を青くさせ本を放り出し金澤の白衣を握り締めた。 ゆったりとした動作で金澤は本を拾い上げる。 「見間違いだったようだな」 「本当!?よかったぁぁ」 安堵の溜息をつく香穂子ににやりと金澤は笑う。 「…日野。いいことを一つ教えてやろうか」 「?」 「ゴキブリはな、冬は冬眠しているんだぞ」 「ッ!」 だまされた!! 青ざめていた香穂子の顔はからかわれた怒りで赤く染まってきていた。 「お〜お〜そんなに怒りなさんなって。せっかくの可愛い顔が台無しだろう?」 「…先生が、そういう顔にさせてるって自覚あります?」 「…お前さん、なかなか言うようになったね」 「鍛えられてます」 ぷく、と顔を膨らませ金澤を睨む香穂子。 怒りと金澤の『可愛い』発言に顔がまだ赤いままだったので そんな顔しても逆効果だって。 金澤が降参するはめとなった。 「ハイハイ、全部俺が悪かったよ。 さて…お前さんが読んでた本は何だったのかな」 「ッ!!だ、ダメ!先生、返して!」 本を取り返そうと香穂子は躍起になるが 183cmもある金澤に届くはずもなく難なく金澤は本を読んでしまう。 「ほ〜…『やさしい!美味しい!チョコレートのお菓子』…ね」 「あうう…」 練習室に飾ってあるカレンダーを見る。 「ああ…そうか。そろそろバレンタインの季節か」 「…忘れてたの?先生」 「だってあまり関係なかったしな。それにお前さん達浮かれまくった生徒が 一応学園内じゃ禁止だってのにどんどんお菓子持ってくるんだぜ? 面倒くさいことばかりしか思い出せなかったからすっかり忘れてたさ」 「………面倒くさい」 「…?」 急に低くなった香穂子の声にいぶかしげに顔を伺うと 先ほどまでの膨れっ面とは違い明らかに彼女は怒っていた。 「お、おい。何を急に」 「そうですね。浮かれまくっている生徒は先生にとって迷惑ですよね」 がたがたと音を立て使ってはいなかったが 一応は出していたヴァイオリンをケースにしまいこむ。 「おい、日野…?」 ヴァイオリンを片付け、鞄を手に持ちドアに手をかけたあと 香穂子はようやく金澤の方を向き笑顔を向けた。 笑顔は笑顔でも…目は、まったくといっていいほど笑っていなくて。 「浮かれまくっててごめんなさい、金澤先生!!」 バンッ!!激しい音を立て香穂子は出て行った。 あとに残されたのは…金澤と、香穂子のお菓子の本。 「…あ〜…。失敗したな、これは」 香穂子の怒る意味を理解し、頭をかきながらピアノの椅子に座った。 思わずペラペラとお菓子の本をめくる。 そして…あるページに目を留めた。 次の日。 「おい、日野」 「…なんですか。金澤先生」 「…お前さん、まだ怒ってんのか」 「怒ってなんかいませんよ。安心してください。迷惑なことは何もしませんので」 「あのなあ。それ、怒ってないって態度じゃないだろうが」 「……」 だって先生がバレンタインを面倒くさいっていうから。 私、楽しみにしていたのに。 なんだったら先生は喜んでくれるかな、とか。 美味しく食べてくれるかな、とか。 …本当は金澤に向かって大声で怒鳴りたかったけれど。 ここは学校で。 時間も朝の通学時間で。 『先生』と『生徒』で。 何も、言えなかった。 「ほい」 その時俯いた香穂子の頭にぽふ、と何かが軽くあてられた。 思わず手に取る。 「昨日の。お前さんの練習室での忘れモン」 「…だって。もうこれ、いらないもん」 「…確かに俺は渡したからな?お前のもんだってちゃんと中身確認するんだぞ?」 そう一言いい、金澤は去っていった。 香穂子も自分の教室に入り、席に着く。 「中身確認って…。だって昨日先生が持ってたままだったじゃない」 確認も何も、と思いつつHRの時間まで暇なので思わずページをめくる。 「…ッ!!!」 バタン! 思わず本を閉じる。 早く。早く。早く。 先生に、会いたい。 そして、放課後。 ぱたぱたと香穂子はかけていく。 場所は…もちろん。昨日の、練習室。 「お〜。やっぱり来たか」 「せ、先生!なんで…!?」 「うまそうだったからつけてみた」 「だからって…」 香穂子が金澤の前に昨日のお菓子の本を広げる。 「こんなでかでかと赤いマル書かないでよ…」 「わかりやすかっただろう?」 「…もう…。でも…コレ、チョコレート・スフレだよ?」 「そう。旨そうだろう?」 「そりゃあ…美味しそうだけど。でも、作ってすぐじゃないとしぼんじゃうんだよ?」 「そうだな」 「学校、持って来れないよ?」 「持ってこなければいい」 「え?だって…」 「香穂子」 「ッ」 急に名前を呼ばれ驚く香穂子。 金澤は滅多に自分を名前で呼んでくれないから。 「見てみろ?」 金澤が指差した先は、カレンダー。 「?」 「バレンタインの日」 「2月14日…?それがどうしたの?」 「土曜日だぞ。学校はオヤスミ」 「うん。知ってるよ。だから前日に…」 「当日に欲しい。だから、お前…ウチに来いよ」 「!?」 「うちで…それ、作ってくれ」 「せ、せんせい…いいの?」 「いいも何も。決めるのは、お前さんだ」 「…うん!美味しいの作るから!」 にっこり。 にっこりと笑う香穂子を見て。 もう一つ美味しくいただいちゃおうかなぁ、などと不埒なことを考える 金澤紘人・33歳(教師)だった…。 バレンタインSS第一弾は何故か金やん×香穂子でした(笑) 初金やん×香穂子…なのですが。 めちゃくちゃ書きやすいんですが、この人!! 金やん=エロのイメージが強いんで何だか御巫と波長があうようです(笑) 本当はウィスキー・ボンボンにして酔った香穂ちゃんと…とも思ったのですが。 ウラになりそうだったので今回はスフレで。 …まぁ書いてないだけでウラになりそうですが。バレンタイン当日は…(笑) BACK