トリュフ

「はいっ!月森くん!今日のお昼ごはんです〜」 お昼休み。 人気の比較的少ない音楽科の屋上へと上がってきた月森蓮と その彼女である日野香穂子はいつもどおり彼女のお手製であるお弁当を広げた。 「…ああ。ありがとう。…香穂子」 「?」 「あまり聞きたくはないんだが…その、手はどうした?」 「あ…。あははは…その」 にこにこと笑っていたのに月森が手の話題をふると急に目をそらす香穂子。 慌てて手を隠そうとするが咄嗟に月森が香穂子の手を掴み、目線にあわせる。 その手には、いたるところに絆創膏が貼られていた。 逃げられないと観念した香穂子は乾いた笑いをやめ小さく溜息をついた。 「…今日は何で?」 「うう…今日は、その…。そこの、つくねを作った時に…葱のみじん切りで、 ちょっと…やって、しまいました…」 お弁当のおかずのメイン。 串に刺さって綺麗に並んでいるつくねを見て今度は月森が溜息をついた。 「香穂子…やはり、お弁当は…」 「イ・ヤ!」 付き合いたてのある日。はじめて一緒に昼食をとったとき。 月森の昼食の内容にひどく香穂子は驚いたのだ。 香穂子のお弁当とは対極にあるようなパンと牛乳のみというシンプルな月森の昼食に。 「ねえ月森くん…それだけなの?」 「…ん?…ああ」 香穂子の言葉にもあまり気にすることはなくパンを齧る月森。 「ねえ…栄養偏っちゃうよ?」 「…いつものことだし、気にならない」 「もう…月森くんって結構自分の身体のことになると無頓着よね」 ぷう、と頬をふくらませる香穂子に苦笑し、月森は彼女の頭を優しく撫でた。 「流石に…料理は得意じゃないから」 「あ」 そうだ。 彼の両親は今、海外に行っていていないんだった。 自分の考えのなさを呪う香穂子。 その香穂子の様子で何を考えているのかわかった月森は 今度は彼女の髪をくしゃくしゃとかきまわした。 「〜〜もう、月森くん!」 「香穂子が気にすることじゃない」 「でも…。あ、そうだ!だったら月森くんのご飯、私作るよ!」 「…ハイ?」 「そうよ!そうすればいいんじゃない!」 「か、かほこ…?」 話を自分ひとりで進めていく香穂子においていかれそうになる月森。 「ちょ、ちょっと待て。香穂子」 「なに?」 「弁当って、そんな…!きみにそんな迷惑をかけるわけには…」 「迷惑なんかじゃないよ?」 「しかし…」 「あのね。一人分作るのと二人分作るのってたいして差はないんだよ? 残っちゃうのイヤだし。貰ってくれると私も嬉しいんだけどな」 そこまで言うのだったら彼女はきちんと作っているのだろう。 それに…そう言われてしまっては断る理由は月森にはない。 香穂子の弁当はとても美味しそうで。 …香穂子の、手作りという魅力的な言葉には敵わなくて。 「じゃあ…香穂子が迷惑でないのなら」 「うん!迷惑なんかじゃないよ!私も練習になるし!」 「…はい?」 「よ〜し、楽しみに待っててね、月森くん!明日から早起きするぞ〜!」 …後から知った話なのだが。 香穂子のお弁当は彼女の母親が作っていたらしい。 ………。 それからというもの。 味は…大丈夫…というか美味しいと思えるのだが。 いかんせん…彼女の生傷が絶えないのである。 曰く、唐揚げ弁当を作った。→火傷。 曰く、ハンバーグを作った。→切り傷。 毎日どこらかしこ怪我をしている彼女に何度も弁当はいいといっているのだが。 君が怪我をするくらいなら俺の食事はいいと、言っているのに。 ヴァイオリンを弾くものとして指の怪我は本当に洒落にならないのだから。 そう言うと尚更月森くんには料理をさせれないと、 自分の栄養を今管理出来るのは私しかいないんだから! …と言い切られてしまう始末。 一度決めると頑固な彼女はなかなか言うことを聞いてくれない。 なので…最近は『〜が食べたい』と比較的簡単だと思えて、 そして美味しそうなメニューを彼女に伝えるのが彼の日課となっていた。 「ねえ月森くん」 「…ん?」 お弁当を食べ終わり食後のお茶を飲んでいる時に香穂子は笑顔で月森に問いかけた。 「バレンタインは何が食べたい?」 「…君が、作るのか?」 「うん、もちろん」 にっこりと笑う香穂子とは逆に悩みこむ月森。 …簡単なチョコのお菓子とは、なんだ…? ラブレターをもゴミ箱に捨てる男・月森蓮に バレンタインチョコの種類がわかるはずもなく。 作り方の難易もわからず。 …丸めるだけ、か? そんな理由で。 「…トリュフ、が食べたい…」 …に、なったのだった。 次の日。 土曜日なので学校は休み。 久々に公園でデートも兼ね合奏することにしたのだが。 待ち合わせ場所に月森が来てみれば…指を赤く腫らした香穂子の姿が。 「っ!香穂子?手は、どうしたんだ?」 「…いやぁ…その…ねぇ…」 「目を見て言え」 「…。チョコを、その。湯せんにかけてたら…手元が狂って、ちょっと、ね…」 目の前が真っ暗になる月森に 「あ、でもでも大丈夫!バレンタインまでまだ少し日があるし! それまでにはうまくなるから!ね?」 …と慰めだかなんだかよくわからない言葉をかける香穂子。 「…トリュフではなく、何かほかのものにしてもらうかもしれない…」 月森はそう言うのが精一杯だった。 そうして、デートの帰り、香穂子を家まで送った後月森が向かった先は…本屋。 いつもなら参考書の棚に向かうのだが…今日は別。 少し迷いながらも着いた先は…料理コーナーの棚で。 意を決しとった本は『誰にでも出来る!チョコレート菓子』。 1冊丸々読んで、決めた。 …香穂子から、貰うもの。 そして…月曜。 また、いつものお昼の日。 「今日は怪我してないよ?」 といい、サンドイッチの入った包みを渡す香穂子。 「サンドイッチで怪我されてはこちらも困る」 苦笑しながらもほっとする月森。 そして…。 「あ。そういえば昨日メールでバレンタイン、 トリュフじゃなくて別のものにするって言ってたけど…何?」 「ああ…」 「…クーベルチュールチョコレートを」 「…………」 月森の言葉を反芻し、頭に入れていく香穂子。 そして、理解した瞬間。 「…月森くんの、バカーーーー!!」 香穂子の怒声が響き渡った。 --------------------------- クーベルチュールチョコレート=製菓用チョコレート。 …まぁ、平たく言えば、板チョコです(笑) 怪我をさせたくない過保護な月森くんに 月森くんにもっと頼ってもらいたい香穂ちゃんでした。 BACK