ガトーショコラ
家庭科室から漂ってくるのは、甘い香り。 少しほろ苦く、甘いチョコレートの、香り。 「…よし!これで出来たかな…っと」 満面の笑みでオーブンの中に手を入れる香穂子。 しかしその笑みはどんどんと落ち込み顔に変化していって。 「あ〜〜また失敗だぁぁぁ。膨らんでない〜!」 香穂子の手の中にあるもの。 それはケーキ型よりも下にしぼんでしまっているガトーショコラ。 「おかしいなぁ…説明どおりにやっているはずなのに…」 お菓子の本を見て大きな溜息一つ。 「早く笙子ちゃん来ないかなぁ…」 ちらりとドアの方を見てみるが人の来る気配はない。 『バレンタインくらいは手作り、したいよね。』 そうぽつりと呟いたお昼休み。 どうせなら一緒に作ろうと天羽と意気投合し、 せっかくだし上手な人に教えてもらおうということで 共通の友人である冬海に教えを請うことになったのだった。 しかし冬海は練習室の予約を取っており少し遅れると言われ。 天羽自身も家庭科室の使用許可のみ取り部活に顔をだすといって戻ってこない。 仕方なしに一人でまず作ってみたのだが…。 「んん、材料量ったりするのって面倒なんだよねぇ…」 諦めて買うか…とも思ったのだが。 あげたい相手のことを思って、やめた。 「もうひと頑張り、しますか!」 握りこぶし一つで立ち上がった。 次こそは。 今度こそは、上手に。 あの人に、喜んでもらうために。 卵白の泡立てと必死に格闘していたら、 ガラリとドアの開く音がした。 「あ!遅いよ〜!笙子ちゃん!菜美!」 「…日野?」 現れた人物は、 香穂子の待ちわびていた冬海や天羽ではなく… 「うそ…」 別の意味で、香穂子の今気になる相手。 土浦梁太郎だった。 ---------------------- 「何…お前やってるんだ?」 「え…あはははは。お菓子作り! いや、笙子ちゃんって料理上手みたいでさ!教えてもらおうかなって」 「…笙子ちゃんって…冬海?」 「そう」 「あー…なんか、そんな感じする。家事得意そう」 「そうなのよ〜」 笑顔で話しながら早く出てってくれと願う香穂子。 そんな香穂子の様子を知ってか知らずか土浦は教室の中へと入ってきた。 「へぇ…それでお前はなに作ってんの?」 「…ガ、ガトーショコラ…」 「ほぉ…そっか。バレンタインだもんな」 カレンダーを見て。 香穂子の作るお菓子を聞いて。 からかうような笑みを浮かべる土浦。 「何、お前誰かにあげるわけ?」 「……!」 「…へぇ。あげるんだ」 「…!まだ何も言ってないでしょ!?」 「その顔見ればわかるっつーの。お前嘘つくのヘタな」 「嘘ぉ」 「顔真っ赤」 ほてった顔を隠すように香穂子は両手で顔を包む。 なので香穂子は気付くことがなかった。 土浦のせつなそうな顔に…。 「どれどれ…って。うわ。お前結構もしかしたらおおざっぱ?」 「なッなんでよ」 「コレ。ボウルについてる生地、粉がダマで残ってんだけど」 「だって切るように混ぜろって書いてあったもん。切ってたら混ざらなくって…」 「…ココ。読め」 ずずいと香穂子の目の前にガトーショコラのレシピを広げる土浦。 彼の指差した箇所を見てみる。 『下準備:小麦粉、ベーキングパウダーは混ぜた後2、3回振るっておく』 「あ…」 「…コレお前どう考えても振るってないだろ」 「あははははは」 乾いた笑いを続ける香穂子に土浦は小さな溜息ひとつ。 「…まだ材料はあるな?」 「え?」 「…ガトーショコラの。材料はまだあるのか?」 「あ、うん。えと…笙子ちゃんと菜美が来る前に一度作っておこうかなって 思って2つ分用意してたから…平気」 「じゃあ、俺が教えるから。お前作れ」 「そっか〜。土浦くん料理上手だもんね」 香穂子は納得し手をぽんと打つ。 そして…一瞬の間。 「え…ええええええ!?」 「な。なんだよいきなり大声出して」 「つ、土浦くんが教える!?私に?」 「…少なくともお前よりうまいと思うぞ」 「そ…そりゃあ料理は土浦くんの方が上手だとは認めるけど。 …でも、ケーキだよ?」 「レシピ見りゃ大体わかる」 「で、でも…」 『あうあう』と悩む香穂子に元々短気な土浦はちょっと強めの声で言う。 「作るのか?作らないのか?」 「はっ!はい!作る!作ります〜!!」 そんなこんなで。 講師:土浦梁太郎、生徒:日野香穂子という謎の調理実習が始まったのだった…。 「コラ!何やってるんだ!」 「何ってチョコ溶かしてるんだけど…」 「直火でやるやつがあるか!湯せんでとかせ!」 「日野ー!バターを湯せんで溶かすな!練るって書いてあるだろうが!」 「だって〜!いつまでたってもクリーム状にならないんだもん」 「だからって液体にするな!」 ………。 「…で、出来た…」 試行錯誤の末、出来上がったのは見事に膨らんだガトーショコラ。 「うわーうわーすごい!すごい!!膨らんでるよ、土浦くん!!」 「ああ。…よかったな」 「うん!」 ケーキを見て満面の笑みを浮かべる香穂子。 それを見て土浦の顔はせつなげに曇る。 「ま…これでお前のケーキ食うやつの腹具合も安心ってわけだ」 「あ……」 その言葉を聞き、香穂子の顔も曇る。 「…貰って、くれるのか なぁ…」 いつもと違い弱気な発言をする彼女に土浦は目を丸くする。 「おいおい。何言ってるんだよ今更」 「…だって。私のことなんとも思ってなさそうな人なんだもん」 落ち込んだ様子の香穂子に土浦は慌てる。 (誰なんだ!?日野の好きなヤツは!?) 香穂子が、その相手を好きで。 その相手は、香穂子のことを思ってなさそうなやつ。 セレクションで知り合った仲間ではないのだろうか。 あのライバル達は、土浦にとってセレクションだけのライバルではなく、 恋のライバルとしても立ちはだかっていた。 なので本当はセレクション終了後告白したかったのだがなかなか機会に恵まれず こんな時期になってしまっていたのだった。 しかし。 自分の想いが届かないとわかった今。 彼女の幸せを一番に想うしかない。 そう思い彼女の頭をぽんぽんと軽く叩き精一杯の優しい笑みを浮かべた。 「つ、土浦くん…?」 「大丈夫だろ」 「え…?」 「お前が一生懸命作ったんだ。嫌がるヤツなんていないさ」 「そ…そうかな…」 「ああ。俺が保障するって」 「本当…?」 「…しつこいな。なら貰ってもらえなかったら俺がもらってやるから」 その土浦の言葉に香穂子は反応し、 さっと彼の目の前にガトーショコラを差し出した。 「はい」 「…?」 「貰って、くれるんでしょう?」 「…さっき言っただろう?好きなやつに受け取ってもらえなかったらって」 「だから、はい」 「…お前なぁ」 からかわれたのかとも思い土浦の声が強くなるが 更に香穂子の声は大きくなった。 「〜!だから受け取ってくれるんでしょう? 私のこと、好きじゃなくても!早く、受け取ってよ!」 顔を真っ赤にして、瞳にはうっすらと涙を浮かべて叫ぶ香穂子。 それって…。 それって…。 「…俺の、都合のいい解釈してもいいんだろうか」 「え…?」 「受け取らせてもらうさ。もちろん『喜んで』な」 家庭科室の外で入るには入れなくなった 天羽と冬海が一部始終見ていたということを土浦が知るのは…。 バレンタイン明けの、月曜日だった。 ----------------------- バレンタインSS第5弾、土浦×香穂子でした。 お初つっちーです。 土浦くんはお兄ちゃんって感じが強いです。 こんな兄いたらいいな〜みたいな(笑) でも好きな人に応援されたら辛いよな〜…と思います。 そしてウチのサイトの天羽ちゃんと冬海ちゃん、デバガメ多くて申し訳ない…。 BACK