バレンタインは女の子だけがどきどきするんじゃない。
オトコだって、どきどきするんだよ?


ホットチョコレート

「柚木先輩、火原先輩…あの、これ。受け取ってください!」 「嬉しいな、ありがとう」 「え、俺にもいいの?うわぁ、ありがとう!」 「あ…柚木くん、火原くん!よかったら、食べて?」 「ああ。ありがとう」 「サンキュー!」 今日は2月13日。バレンタイン前日・昼休み。 火原は友人の柚木梓馬と一緒に女子に囲まれていた。 「か…和樹くん。私のも受け取って!」 「あはは。ありがと〜」 一人の女子と話していたら輪の中から少し離れていた柚木がまた中へと戻ってきた。 「あり?柚木どこ行ってたの?」 「ん?いや…呼ばれたからそっちに行ってきただけだよ」 「お。告白?相変わらずもてるなぁ。柚木は」 「告白?…それでもよかったんだけどね、僕は。 残念ながら違うよ。貰ったのは日野さんから。…君の、彼女のね」 「…ッ!!!!」 柚木の言葉を聴いた瞬間ガタリと大きな音をたて、 座っていた椅子を倒しかねない勢いで立ち上がった火原。 回りを見渡すが香穂子の姿はない。 「ちょ…ちょっとごめんね」 人垣を避けながら教室の外にでる。 そこには、今まさに階段を下りようとする最愛の彼女の姿があって。 「香穂ちゃん!」 思わず叫んでしまった。 「…和樹先輩」 「どうしたの?わざわざここまで…」 「……」 俯き、表情を隠した彼女を不思議に思いながらに火原は話し続ける。 もしかしたら…彼女がここに来たのは…。 と、淡い期待を膨らませながら。 「わざわざ…。ええ。ちょっと。チョコを渡しに。 でももう終わったので大丈夫です」 「え?も、もう終わったって香穂ちゃん??」 香穂子の言葉に目を丸くする火原。 チョコを渡しにきた、香穂子。 香穂子の彼氏は…火原本人。 しかしチョコを貰っているのは…火原ではなくその友人・柚木で。 そしてその香穂子は用事が終わって帰るところだと言う。 「柚木先輩に、チョコを渡しにきただけなんで。 じゃあ、失礼します。和樹先輩!」 「ちょ、待っ…!」 駆け出そうとした香穂子を反射的に捕まえる火原。 「ねえ香穂ちゃん…どうして、おれにはくれないの? おれも欲しいよ…。香穂ちゃんの、チョコ」 「…いっぱい貰っているじゃないですか」 「でも。一番欲しいのは…貰いたいのは、香穂ちゃんの、だよ」 「…先輩。私が柚木先輩にだけチョコ渡して、自分に無かったらどうします?」 「ええ?そんなの…寂しいよ」 その言葉に今まで火原に対し背を向けていた香穂子が正面を向いた。 「私も同じなんですよ。和樹先輩が女の子達からチョコレートを貰うたび、 寂しくなるし…やきもちだって、妬いちゃいます」 「香穂ちゃん…」 そんな気持ちだったなんて。 気付かなくてごめんね。 彼女の気持ちを考えてなかった。 そんな自分の阿呆さ加減と、 彼女への愛しさが相まって彼女を抱きしめようと手を伸ばした。 瞬間 「…だから、和樹先輩にこれはあげません」 にっこりと笑い柚木に渡したものと同じと思われる箱からトリュフを取り出し ぱくりと口に入れ頬張った。 「ああああああ〜〜〜〜!!」 「じゃあ、和樹先輩。私行きますね」 あまりの。 あまりのショックで動けなかった火原に対して 軽やかな足取りで香穂子は音楽科を去った。 残された火原はというと…午後の授業を知らせるチャイムがなるまで動けなかった。 ---------------------------- 「和樹先輩、こっちですよ〜!」 「…おまたせ、香穂ちゃん…」 放課後。 いつもどおり校門で待ち合わせをし、一緒に帰る火原と香穂子。 しかし香穂子とは対照的で昼休みのことをひきずっている火原の顔は暗かった。 「…。元気ないですね、先輩」 「…香穂ちゃんの、せいだよ」 そう。あの昼休みの後。 柚木にひっぱられ授業に行く途中に月森にばったりと出会って。 教科書の上に、あの小さな箱が乗っていた。 バレンタインのチョコなんて今まで受け取ったことの無い彼が、である。 それだけで大打撃だった。 それだけじゃない。 先ほど暖かい音楽室で昼寝をしている志水を目撃したが、 大切そうに手で包んでいるのは…香穂子のチョコの箱。 そして寝ている志水の満足そうな笑顔といったら。 土浦や、金澤先生だけじゃない。 自分の友人、青山や長柄まで香穂子からチョコを貰っているのだ。 なのに…自分だけは貰えなくて。 「あ。そうだ。和樹先輩。今日、和樹先輩がお暇なら おうちに寄らせて頂きたいんですけど」 「うん?夕方まで兄貴帰ってこないだろうから今は誰もいないはずだし おれはかまわないけど…どうしたの?」 「お兄さんにチョコ渡したくて」 「………」 ずん、という言葉が似合いそうなほど落ち込んだ火原に 流石の香穂子も良心が疼く。 「ね、和樹先輩」 「…なに、香穂ちゃん」 「今日一日、どんな感じでした?」 「…寂しかった」 「…私も、です」 きゅ、と火原の手をにぎる、香穂子。 「私、やきもちやきで。負けず嫌いなんです」 「…」 「和樹先輩に飽きられちゃうんじゃないかと思って今まで隠してたんだけど 独占欲だって強いし…」 「うん。おれも、だよ」 「だから、わがまま、言ったの。先輩にはチョコないんだよって言って」 「…」 「本当…ごめんなさい。『和樹先輩のことを好きな女の子の中の一人』には なりたくなかったの」 「…そんなこと。香穂ちゃんはいつもおれの一番だよ」 「うん…ありがとう…。私も、和樹先輩が、一番です…」 ようやく仲直りをし、手を繋ぎ火原の家へと向かう二人。 「あのね…実は、和樹先輩に、チョコはちゃんと用意してるんです」 「え、本当?」 「うん…。先輩の家に行ったら、お鍋貸してもらえます?」 「?うん、それは構わないけど…」 「あと、牛乳あると嬉しいかなぁ。無かったら今からコンビニ行きたいです」 「おれと兄貴、よく飲むから冷蔵庫にいつも置いてあるよ」 「なら、準備は万端です。早く行きましょう?」 「あはは。楽しみだなぁ」 そして、彼女が家について作ってくれたのは 寒く、冷えてしまった身体を芯から温めてくれるようなホットチョコレート。 『どうしてこれにしたの?』 って聞いたら、 彼女はにっこりと笑って言った。 「先輩の家で、その場で作らないと渡せないのなんて、 彼女じゃないと出来ないでしょう?」 そして彼女の昼にいった言葉を思い出す。 『…だから、和樹先輩にこれはあげません』 コレ…みんなと同じものはあげない、という意味だったのか。 彼女の可愛い、わがまま。 可愛い…独占欲。 昼には抱きしめさせてくれなかった彼女の身体を優しく包み込む。 「もっと、香穂ちゃんを、独占したいよ」 「…うん」 「独占、してください」 次にホットチョコレートを口にするとき、 もうすでに『ホット』ではなくなっていた。 バレンタインSS第6弾でした。ラストにアップした火原×香穂子です。 火原っちだけ特別で違うチョコを渡す→学校で渡せないもの →ホットチョコレート、というのは決めていたのですが。 香穂ちゃんが思いのほか可愛くない子になっちゃってしょぼぼん。 最後は…抱きしめていただけなのか、微エロなのかは各人のご想像にお任せいたします(笑) BACK