+幸せのとなり+

朝から少し調子が悪かった。 今日の夕飯はみんないらないと言ってた。 その上依織くん、麻生くん、瀬伊くんは友達と遊びにいって帰ってこないはず。 そうだよね、今日は金曜日。 みんな遊びに行くに決まってる。 一哉くんだけは帰ってくるって言ってたっけ。 でもそれも仕事をやってから帰ると、戻るのは深夜になるって言ってたよな。 それまで…休めるか。 うん。決めた。 今日はしっかりお風呂にでも入って汗をかいて寝てしまおう。 そう一度決めたらあとは早い。 書類をまとめ、鈴原むぎは定時に学校を出た。 「はぁぁぁ〜…。つ…疲れた…」 どさりと重い身体を玄関にもたれさせる。 早く帰ろうと思ったのに。 なんでこんなときに限って山本先生に捕まるのか! しかも体調が悪いから早く帰ると言って逃げようとしたのに 「『なら家までボクがしっかりと送り届けますヨ!』…か。 そうくるとは思わなかった…」 追いかけてくる山本をなんとか撒いてようやく家にたどり着くことが出来たのだ。 「うう、余計に疲れた…。ご飯は…あたし一人だし、あとで適当でいっか。 一先ずお風呂入って…寝よ」 そしてふと我に返る。 「どっちのお風呂、入ろうかな…」 前の地下の運転室で寝泊りしていたときは地下のバスルームを使っていた。 しかし最近になって御堂の部屋の隣になってからは2階のバスルームを 使うことにしていたのだが…。 今日は麻生くんと、瀬伊くんは帰ってこないし。 …一哉くんは深夜とはいえお風呂、入るよね? 「…さすがにご主人様より早いお風呂は気が引けるかな…。 …地下に、するかぁ…」 着替えを部屋に一度戻って取り、地下へと降りていった。 -------------- 「チッ、雨まで降ってきやがった…」 バイクを御堂家駐車場に止めヘルメットを外し忌々しげに羽倉麻生は呟いた。 「なんなんだよ…俺」 今日は帰ってくる気はまったくなかった。 ダチとビリヤードをするつもりだったし。 そう…今日の美術の授業のアイツを見るまでは。 いつものアイツの顔じゃない。 笑っているのに、なんか疲れている感じで。 いつもより化粧を濃くしてる感じすらして。 生徒に質問されない時は少し表情も暗くなっていた。 風邪でもひいたのか? 体調崩しているのか? そう聞きたかった。 しかし本当の年齢は自分が上だといっても、 表面上では彼女は先生で、俺はただの生徒で。 …何も言えるわけがなかった。 そんなこんなでビリヤードに力が入るわけもなく。 気がつけば家の前にいる、俺。 「あ〜…格好悪ィ。びしょ濡れだし」 むぎの姿を見て、元気だったらまたビリヤードに行けばいい。 そう思い家のドアを開けた。 「…んあ?なんだ、誰もいないのか?」 家の中は真っ暗としていて。 人の気配はまったく感じられなかった。 「んだよ。まだ学園に残ってンのかな、アイツ」 けれどもわざわざ戻ることも出来ず、 くしゃみも一つ、出てきたことにより羽倉はバスルームに足を向けた。 -------------- 「はう…生き返る〜」 お風呂をぬるめに沸かし、じっくりと汗をかくようにつかっていると だるさも少し和らいできたように思える。 普段、御堂に使っているアロマオイルを数滴、 湯船に入れさせてもらったというのも大きいのかもしれないが。 「さすがお金持ちの使うアロマオイル…気持ちイイ…」 湯船をかき混ぜれば立ち昇るラベンダーの香り。 気持ちいい…のだが、 「さすがに、長すぎ…かな」 口の中がカラカラと渇く。 お茶でも飲んでから入れば良かったか。 そう思ったがそれで喉の渇きは収まるワケもなく… 「…あがろう」 バスタブに足をかけ出ようとするむぎ。 そして… 二人は、出会った。 「…なッ!!」 「ッッ…!?」 洗面所のドアを開ける羽倉と、 バスルームを出たむぎがドアを開けたタイミングは同時で。 二人ともお互いの存在を認め固まる。 「ぃッ!キィヤァァァァッ!!」 「わ。悪ィッ!!」 先に我に返ったむぎが叫ぶ。その声に遅れた羽倉も我に返り慌てて後ろを向く…のだが。 その直後に大きな音がし、羽倉が恐る恐る振り返ると…。 むぎが、真っ赤な顔をして、ぶっ倒れていた。 ----------- 「ん…」 あまりの暑さにぱちりと目を覚ますと、見慣れた部屋の天井。 「あれ…あたしの部屋…」 身体を起こそうとすると何かに縛られたような不自然に動かない身体。 よくよく自分を見てみると大きなトレーナーを一枚着ているだけのようだ。 しかも腕は通していなくて。 「そりゃ身体が動かないはずだぁ」 自分でつっこみをいれつつトレーナーに腕を通す。 「ん?でも、これって…」 自分はこんなに大きなトレーナーを持っていない。 明らかに男物である。 …このトレーナー一枚の他は下着すら何もつけてはいなくて。 それに…このトレーナー、一度や二度ではなく、洗濯した記憶がある。 「なッ!お前…起きたのかよ」 そう、この声。 「あさきくん…」 羽倉麻生。その人のだ。 むぎが起きたのを確認した途端顔が赤くなる麻生。 「あ〜、お前、えぇとだな…」 しどろもどろになりつつペットボトルをむぎに差し出す。 「え…?」 「飲め。お前湯あたりで倒れたんだよ」 「あ、ありがと…」 こくりと、冷たいスポーツドリンクを喉に流し込む。 その心地よさとともに先ほどの記憶も甦ってきて。 「あーーッ!」 「うわッ!なんだよ、むぎ!いきなり大声出すな!」 「あああああの、麻生くん…!つ、つかぬことを伺いますが! あの…やっぱ…その、み、見た…よね…?」 ぎぎぎ…と音がしそうなほど震えつつ麻生の方に顔を向けるむぎ。 「み、見てねぇ!最初しか見てねェ!!」 「本当!?」 「見ちゃ悪いと思ったからムリヤリに俺のトレーナー着させて 風邪ひかねぇようこんな時期にエアコン効かせてんだ!」 「あ…」 言われてみれば。 まだまだ暑い初秋のこの時期に、エアコンをガンガンに効かせた部屋。 よくよく見てみると自分の着ているトレーナーは後ろ前反対だ。 目を閉じてまで必死に自分の世話をしてくれている麻生が目に浮かび… 「あははははッ…!」 思わずむぎは笑ってしまった。 「…おい。むぎ!何笑ってんだよ!」 「だって、だって…!麻生くんが…ッ!」 「なんだよ!俺はお前が嫌がるかと思ってなぁ…!」 「うん、だからだよ」 「は?」 「麻生くんだなあって」 「…は?」 「そういう優しいトコ、麻生くんの良さだなって。 あのとき会ったのが麻生くんでよかったなって本当に思うよ」 「……」 「あ、そりゃ、会わなけりゃ良かったとは思うよ? もちろん恥ずかしいし!忘れてくれていいんだからね?」 「………」 「…麻生…くん?」 「うわッ!」 急に黙ってしまった麻生を見上げるむぎ。 そんなむぎを見てまた顔が赤くなる麻生。 「…ったく!お前はもう少し寝とけ!学校でもあんな真っ青な顔しやがって!」 「…え。気付いて…たの?」 「だ〜〜〜!!もういいから、寝ろ!!」 むぎの寝ている布団を乱暴に持ち上げ頭に被せる。 「きゃあ!」 「…俺ももう風呂入って寝る!」 ドアを開けて麻生が出て行こうとした瞬間。 「ありがとう」 小さな。本当に小さいけれど、お礼の声が聞こえて。 「…気にすんな」 返事はもっと小さかったけれど。 「…うん」 お互いの声は、しっかりと届いていた。 「あはは…あぁ、気持ち悪い」 体調は相変わらず悪いけれど。 むぎの心は今の自分の部屋と同じで。 なんだかとても暖かかった。 【END】 -------------------------------- 久々のSS更新。 羽倉×むぎです。 お互い一応想いあってます。告白はまだしてない感じで。 久々だとただでさえ文才ないのに さらに微妙に…!!