欲しい物はなんだって手に入れた。 お金、人徳、才能。 けれど…。 本当に欲しい物は…何?真実のボク。
「柚木先輩!これ…調理実習で作ったケーキなんです! よ、良かったら…食べてもらえませんか?」 「私も…迷惑じゃなければもらってください!」 「ああ…ありがとう。ありがたくいただくよ」 放課後。 いつもの通り柚木梓馬のまわりには人が群がっていた。 今日は2年生は調理実習があったらしい。 皆我先にとケーキを押し付けてくる。 こんなに食べれるわけないじゃないか。 そう思いつつも笑顔でケーキを受け取る。 「そろそろいいかな?コンクールが近いから練習したいんだけど」 「あっ!すみません、邪魔してしまって…!ありがとうございました!」 「お口に合うと嬉しいです!」 ぱたぱたと音を立て女子生徒達が去っていく。 はぁ、また荷物が増えてしまった。 面倒くさいなぁ…まったく。 フルートを口にあて吹こうとした矢先。 柚木の目に入ったもの。 香穂子だった。 「日野さんもここで練習かい?」 「あ、柚木先輩。こんにちは!えっと…いえ…あの…」 練習かと思い声をかけたが香穂子は口ごもるばかり。 「どうしたんだい?」 「あ…あの、先輩こそここで練習ですか?」 「ああ、そうだよ。まだ始めようと思ったばかりだけどね。 さっき君と同じ2年生の子達からこれを貰ってたんだ」 「あ…ケーキ…」 「そう。美味しそうだよね」 「あ〜柚木、発見!」 柚木と香穂子が話しているところに声が割り込んだ。 香穂子の顔がぱっと明るくなる。 「あれ?香穂ちゃんもいた!」 「和樹先輩!こんにちは!」 「あはは、こんにちは香穂ちゃん。今日も元気そうだね?」 「ええ、先輩も!」 香穂子のこの表情。 先ほどの女子生徒と同じじゃないか。 自分と話していたときはこちらがどんなに笑顔を向けても何もなかったというのに。 つまらない。 …いや、面白いのか? 自分に興味のない人を見る機会があまりないし。 「あ…和樹先輩が持っているのって…」 「コレ?なんかさっきお腹すいたって歩いてたら女の子がくれたんだよね」 「そ…うですか…」 明らかに落胆した香穂子の顔。 それに火原はまったく気付いていない。 …仕方ない。今回だけだからな。 「そういえば調理実習があったのって日野さんのクラスだよね」 「えッ!ええ、そうですけど…」 「え〜そうなの?香穂ちゃんも持ってるの?ケーキ」 「あ、はい。…あんまり上手じゃないんですけど」 「嘘!食べたいな、香穂ちゃんのケーキ」 「本当ですか!」 香穂子は顔を輝かせ鞄の中からケーキを取り出す。 「これなんですけど」 「わ!なんかすごい美味しそうじゃない!本当にこれ貰っちゃっていいの?」 「和樹先輩さえ迷惑じゃなければ」 「迷惑なんてあるはずがないじゃないか!本当にありがとう、香穂ちゃん」 「いえ、こっちこそ…ありがとうございます。じゃ、私練習してきますんで」 「うん、頑張ってね!」 「気をつけて」 軽やかに走って香穂子が去って行った。 「じゃあ僕も練習しようかな」 「あ、だったら俺もやらなきゃまずいかな〜」 「火原はもう少し真面目にやりなよ」 「う、言われちゃったよ。はいはい〜後押しされたらやらざるを得ないね。 じゃあ柚木、俺もやってくるよ」 そうして火原も去って行った。 フルートを今度こそ唇に当て、吹いていく。 火原は大事な友達。 自分を【見せて】落胆させるのが怖くて。 彼の前だと嘘の自分が本当のような気もして。 成績、才能、お金。 なんでも火原には勝てた。 …唯一を除いて。 火原は本心を出しても人に好かれる。 これは一種の天才だと思う。 じゃあ僕は? 自分を出したら嫌われるに決まっている。 離れていくに決まっている。 けれど。 嘘の自分でもこっちをむいてくれない彼女にはどうしたらいいのか。 少しでもこっちにむいて欲しいものだね。 本当の自分を出したら。 少しはこっちに興味をもってくれるかい? 負ける勝負は好きじゃないんだけど、 素直に負ける気はさらさらない。 だって…これだけは、譲れないから…ね? いくら火原にだって譲りたくないと思う。 逆境にたつのは初めてだ。 うん…これも、面白いかもね。 まずは最初に本当の自分を見せたら彼女がどんな表情を見せるのか。 今から…楽しみだね。 本当に、ね。 ------------------------- 柚木SSなのに、火原×香穂子。 柚木サマファンの方申し訳ありません…。 まだED見てないのでなんとも言えないのですが、 ブラック柚木サマ、書いていて非常に面白かったです。 BACK